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ナイトカルチャー

風営法が変わって、東京のクラブはどうなったか

要点 / TL;DR

  • 2015年に改正され翌年施行された風営法で、一定条件下の深夜ダンス営業が合法化された
  • 長年クラブを縛ってきた「ダンス=規制対象」という建付けが見直された意味は大きい
  • もっとも、合法化は照明や面積などの条件付きで、すべての箱が恩恵を受けたわけではない
  • 規制緩和後の課題は、近隣との騒音調整やジェントリフィケーションへと移っている

クラブで踊ることが、長らく法律上はグレーだった——そう言うと驚く人がいる。だが事実だ。風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律、いわゆる風営法は、戦後長く「客にダンスをさせる営業」を許可制の風俗営業として扱ってきた。深夜にフロアで踊らせれば、形式上は違法になりうる。その建付けが見直されたのが、二〇一五年に成立し、翌二〇一六年に施行された改正だ。

この改正は、東京の夜の文化にとって小さくない転換点だった。何がどう変わり、何が変わらなかったのかを、少し落ち着いて整理しておきたい。

「ダンス」という言葉が外れた

改正の核心は、ダンスそのものを規制の入口から外したことにある。改正前は、ダンスをさせるかどうかが営業区分を分ける基準だった。改正後は、一定の明るさ(照度)を保つことなどを条件に、深夜帯の営業を別の枠組みで認める道が開かれた。NHKや朝日新聞をはじめ各メディアは、この改正を「クラブをめぐる長年の法的グレーゾーンの解消」として報じている。

背景には、関係者や有識者による長い働きかけがあった。摘発を受けた店舗の問題が社会的に注目され、表現や文化としてのナイトカルチャーを正面から論じる空気が生まれた。法律の文言が一つ変わるまでに、それだけの時間と議論が積み重なっていた。

合法化は「条件つき」だった

ただし、規制緩和を手放しで「自由化」と呼ぶのは正確でない。深夜営業を認める枠組みには、店内の照度や客室の床面積といった条件が伴う。暗く狭い空間で成り立ってきた小箱が、そのまま条件を満たせるとは限らない。改正で救われた店もあれば、設備投資の余力がなく、結局これまで通りの規模に留まった店もある。

一方で、深夜に酒を提供する営業には別途の届出や時間の制約も絡む。法体系は一つの改正で単純化されるわけではなく、現場は複数の規制を同時に睨みながら営業を続けている。「踊れるようになった」という見出しの裏で、運営者の事務負担はむしろ複雑化した面もある。

規制が緩んでも、街は別の壁を立てる

そして、法の問題が片づいた頃から、別の課題がせり出してきた。騒音と近隣関係だ。再開発でクラブの周囲にタワーマンションが建てば、夜の音は苦情になる。法的に営業できても、住民の理解がなければ続けられない。磨かれた広場とスケーターで見た「設計による排除」と同じく、ここでも街の側が静かに壁を立てる。

裏を返せば、風営法改正が示したのは、文化が法律を動かしうるという事実だった。一方で、法が許しても街が許すとは限らないという現実も、同時に突きつけている。深夜に踊る自由は、条文の中にではなく、近隣との合意という日々の交渉の中にこそある。改正は終わりではなく、別の交渉のはじまりだった。

参考・関連

  1. 警察庁 — 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(改正の概要)
  2. NHK・朝日新聞 — 風営法改正とクラブ営業に関する報道

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