現金派は本当に少数派か——QR決済の普及と取り残される場所
要点 / TL;DR
- 都市部を中心にQRコード決済は急速に普及したが、「現金派は少数」という印象は実態より誇張されがちだ
- 経済産業省はキャッシュレス比率の引き上げを政策目標として掲げてきた
- 高齢者や小規模店、災害時など、現金が依然として有効・必要な場面は残っている
- もっとも、現金とキャッシュレスは二者択一ではなく、場面に応じた併存が現実的な姿だ
レジでスマートフォンをかざし、「ピッ」という電子音とともに支払いが終わる。都市の若い世代にとって、この光景はもう日常だ。財布を持たずに一日を過ごせる人も珍しくない。だが、その実感を「現金派はもう少数派だ」と一般化してしまうと、見落とすものが出てくる。本当に現金は退場しつつあるのか、少し立ち止まって考えたい。
政策が後押ししてきた
そもそも日本のキャッシュレス化は、市場の自然な流れだけでなく、政策の後押しを受けて加速してきた。経済産業省は「キャッシュレス・ビジョン」などを通じて、決済に占めるキャッシュレス比率の引き上げを目標として掲げてきた。日本経済新聞や日経クロストレンドは、コード決済各社のキャンペーン競争と普及の関係を継続的に報じている。ポイント還元という分かりやすい誘因が、利用のすそ野を一気に広げたのは確かだ。
結果として、都市部の若年層では「現金を使う場面のほうが珍しい」という感覚が定着した。私自身、ここ一か月で現金を使ったのは、券売機が古い定食屋での一度だけだった。
「比率」と「人数」は違う
ただし、ここに統計の読み方の落とし穴がある。キャッシュレス決済が決済「金額」に占める比率が上がることと、現金を使う「人」が少数になることは、同じではない。少数の人が高額をキャッシュレスで動かせば比率は上がるが、現金しか使わない人がそれで消えるわけではない。
実際、現金が有効、あるいは必要な場面は残り続けている。スマートフォンの操作に不慣れな高齢者。決済端末の手数料を負担しきれない小さな個人商店。電波や電源が落ちる災害時。総務省や各種報道がたびたび指摘してきたように、これらは「遅れている」のではなく、現金という仕組みが持つ堅牢さの裏返しでもある。
取り残される場所の話
一方で、キャッシュレス前提の店が増えるほど、現金しか持たない人が静かに締め出される構図も生まれている。現金お断りの店、アプリ必須の駐車場。利便性の向上は、ある層にとっては利用のハードルの上昇でもある。効率化のたびに、誰かが見えにくい形で取りこぼされていないか——その視点は、決済に限らずクルマ前提の地方都市の話とも通じる。
裏を返せば、現金とキャッシュレスは勝ち負けで語るものではない。手元で小銭が要る場面と、スマートフォン一つで済む場面とが、同じ生活の中に併存している。比率の数字だけを見て「現金はもう古い」と結論づけるのは、現金にしか頼れない人々を統計の影に押しやることに等しい。普及の速さを誇る前に、その速さに付いてこられない場所を見ておきたい。便利さは、置き去りにした相手の数では測れない。
参考・関連
- 経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」関連資料
- 日経クロストレンド — コード決済の普及とキャンペーン競争に関する報道